土方与志演出の開場公演『海戦』は、異様な興奮を沸きおこした。登場するのは7人の水兵。ひとりが戦争を疑い、神にすがる者に反抗をうながす。発覚して連行されるそのとき、戦闘がはじまる。興奮のるつぼ。戦争を疑う水兵がもっとも勇敢となり「戦闘は継続する」と叫ぶ。ラインハルト・ゲーリングが1917年に書いた1幕ものは、第1次世界大戦で悲劇に見舞われるドイツ海軍を描きだしていた。
せりふは早いテンポで弾丸のように飛び交い、水兵たちは狂気のように暴れた。軍艦の砲塔がデフォルメされて飾られた背後には、初めて観客の前に姿を現したホリゾントが、青い光を受けて五月の海の輝きを示していた。(中略)続いて起こる戦闘、発射、爆発、轟音(ごうおん)、狂気、歌、祈り、破壊と死、真赤に染まったホリゾントの前に飛び散った砲塔の残骸、生き残った水兵は瀕死(ひんし)のうめきで「戦闘は継続する」という。ヒューマニスティックな反戦意識で貫かれた単純な芝居であった。浅野時一郎『私の築地小劇場』
開場の2日後、1924年(大正13年)6月15日の実況だ。ホリゾントとは舞台背景の壁(または布)のこと。築地小劇場は半円筒形のクッペルホリゾントや最新鋭の照明設備をもち、光だけで空や海を表わすことができた。歌舞伎の書き割りに慣れた観客は、それだけでもびっくりしたのである。