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ネーミングへのこだわり――猫には三つの名前が必要

こうして完成したミュージカル『キャッツ』は、世界的な成功を収めることになります。
この成功の裏には、音楽や振り付け、舞台装置、キャストだけでなく、原作の奥深いメッセージ性、ウィット、ユーモアが、一役も二役も買っていることは否定できません。

特に目をひくのが、登場する猫たちの一風変わった名前です。たとえば―
「あまのじゃく猫ラム・タム・タガー」
「猫の魔術師ミストフェリーズ」
「鉄道猫スキンブルシャンクス」
など、登場するすべての猫につけられたこの奇妙奇天烈(きてれつ)な名前は、ほとんど原作者のエリオットが、一つ一つ苦心して作り上げたものです。その名前の中には、すべて謎めいたセンス(意味)とノンセンス(意味からの逸脱)が込められています。偉大なるノンセンス詩人・エリオットでなければ、考えもつかない変な名前ばかりですね。

詩集の冒頭で、エリオットは「猫に名前をつけるのは全くもって難しい。休日の片手間仕事じゃ、手に負えない」と書いています。なぜなら、猫には三つの名前が必要だからです。
ひとつは、家族が毎日使う名前。ピーターやジェームズなど、いわゆる普通の名前です。
もうひとつは、もっと格別の威厳のある名前。マンカストラップ、ボンバルリーナ、ジェリローラム……。猫が誇りを保つために必要な、特別な呼び名です。
そして最後の名前は、「人間様には思いもつかない名前」であり、猫自身が人間に「絶対に打ち明けたりしないもの」。猫がもの想いに耽っているのは、「深遠で謎めいた、たったひとつの名前」を思案しているからだと、エリオットは歌っています。

こうした名前へのこだわりひとつとってみても、エリオットがいかに猫を愛していたかが伝わってきますね。
詳しくは、『キャッツ』のプログラムや私の『猫たちの舞踏会―エリオットとミュージカル「キャッツ」』(角川ソフィア文庫)をご覧下さい。そこで私は、猫の名前の謎解きをやっています。
みなさんが猫の名前の由来を知れば、もっと『キャッツ』が深く、楽しく味わえるはずです。

エリオットのあだ名は「ポッサムおじさん」――

さて、私の訳詩集の副題に「ポッサムおじさんの猫とつき合う法記」とつけましたが、実は詩の中にエリオット自身は登場していません。その代わりに「ポッサムおじさん」という自分の分身を登場させているのです。

「ポッサム」とは、オーストラリアに生息する一見ネズミに似た動物「オポッサム」に由来しています。エリオットの代表作『荒地』を添削したと言われているアメリカの詩人エズラ・パウンドが、エリオットにつけたあだ名がポッサムでした。この名前を、エリオットはとても気に入っていたようです。
「ポッサム」には「とぼけた」とか、「逃げ隠れする」という意味も含まれています。一部では「葬儀屋」などといわれ、気難しいイメージのつきまとうエリオットですが、原作『キャッツ』のようなウィットに富んだエリオットの一面をみると、「ポッサムおじさん」とはいかにもおとぼけ詩人である彼にふさわしいあだ名といえましょう。

「ポッサムおじさん」というあだ名は、猫詩人エリオットにとって、猫と同様に「誇りを保つために必要な名前」だったのかもしれません。というのも、この詩集に溢れる猫への愛に満ちた眼差しに触れていると、エリオット自身が猫になりたかったのではなかろうかと、つい思ってしまうほどです。
私がこの詩集を訳すにあたって「ポッサムおじさんの猫と付き合う法」と副題をつけてみたのは、そんなエリオットの猫に寄せる深い愛を表現してのことです。

愛のメッセージが『キャッツ』に奇跡を起こす――

『キャッツ』の魅力を原作の視点から語ってきましたが、ミュージカル『キャッツ』が感動で涙を誘うのは、猫たちのさまざまな生きざまを通じて、私たち人間の救済と再生のドラマが描かれているからに他なりません。個性的な猫たちのパフォーマンス一つ一つには、私たち人間の「誰もがもっとも輝いている瞬間」が切り取られています。

つまり、ミュージカル『キャッツ』とは、私たち人間の日々の生活への祈りであると同時に、自分たちの生き直し、再生のドラマでもあると思われます。また『キャッツ』は、自分探しの旅でもあるでしょう。
自由きままに“生”を謳歌する猫たちを見ているうちに、猫になりたかったエリオット先生と同じく、私たち観客たちも、自分の中の一匹の猫に目覚め、自分らしく生きる個性の輝きを表現したいと思うようになるのだと思います。

キャッツシアターに一歩足を踏み入れると、生きることへの讃歌、愛のメッセージが、『キャッツ』のそこかしこから聞こえてきます。
『キャッツ』は、今までも、そしてこれからも、「永遠の奇跡のミュージカル」であり続けるに違いありません。

池田雅之(いけだまさゆき) 三重県尾鷲市生まれ。東京育ち。英文学者。早稲田大学教授・同国際言語文化研究所所長。
NPO法人「鎌倉てらこや」理事長。
その社会貢献活動に対して、文部科学大臣奨励賞を授与される。
著作に『猫たちの舞踏会-エリオットとミュージカル』(角川ソフィア文庫)、『てらこや教育が日本を変える』(成文堂)他がある。
ミュージカル「キャッツ」の原作(ちくま文庫)の訳者でもある。
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