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ミュージカル『キャッツ』の原点に帰る
猫になりたかった詩人・エリオット

世界でもっとも成功を収めたミュージカルといわれる『キャッツ』。
このミュージカルが誕生したきっかけは、二人の天才の偶然の出会いによるものでした。
一人めの天才は、20世紀初頭を代表するイギリスの詩人T・S・エリオット。1922年に発表した代表作『荒地』は、その詩句が映画『地獄の黙示録』の中で多数引用されたことでも有名です。
そして、エリオットがノーベル文学賞を受賞した1948年、ミュージカル『キャッツ』を作曲したもう一人の天才、作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバーが、ロンドンで生まれました。まるで、その後の二人の時空を超えた数奇な出会いを予感させるかのように。

時が流れて1972年、ロイド=ウェバーは、作詞家ティム・ライスとコンビを組んだ舞台『ジーザス・クライスト・スーパースター』のブロードウェイ開幕のため、アメリカへと向かいます。
そして、その旅の途中、空港の売店で何気なく手に取ったのが、エリオットの詩集『Old Possum's Book of Practical Cats(ポッサムおじさんの猫とつき合う法)』、通称『キャッツ』だったのです。これは、のちにミュージカル『キャッツ』の原作となる詩集でした。

この猫詩集は、エリオットが自分の勤める出版社の社員の子供たちのために書いたもので、1939年に出版されましたが、文学的にはほとんど注目されませんでした。
しかし、ロンドン生まれのロイド=ウェバーにとっては、子供の頃から慣れ親しんでいだ作品。改めて読み返してみると、猫たちが飛び跳ねて踊るような躍動感溢れる原作『キャッツ』に、たちまち魅了されてしまいました。

長年にわたりT・S・エリオットを研究し、『Old Possum's Book of Practical Cats』の翻訳(邦訳タイトルは『キャッツ』ちくま文庫)を手がけた早稲田大学教授・池田雅之氏はこう語ります。

二人の天才の出会いから生まれた『キャッツ』

アンドリュー・ロイド=ウェバーは、良い詩を読むとすぐに言葉に音楽を乗せ、曲を作ってしまう人だと言われています。詩を口ずさむと、インスピレーションが湧き、曲が次々に浮かんでくるのでしょう。
ですからミュージカル『キャッツ』も、エリオットの猫詩集『キャッツ』に感銘を受けて、次々と作曲されていったのだと思います。次に原作の方の『キャッツ』(ちくま文庫版)の目次を示してみます。

この猫詩集『キャッツ』は15篇の詩から成っていますが、ロイド=ウェバーは最後の「門番猫モーガン氏の自己紹介」を除いて、14篇の詩のすべてをミュージカルの中で忠実に再現しました。
そのため、このミュージカルは、まず詩に曲がつき、最後にストーリーとテーマがつけられるという変則的な手順で作られることになったのです。

詩集『キャッツ』からミュージカル『キャッツ』へ

しかし、ミュージカル化するにあたって、ひとつ大きな問題がありました。それは、最後に付け加えるべきテーマの部分です。

この詩集は、猫好きだったエリオットのいわば「猫観察記」のようなものです。14篇の詩の一篇一篇にはきわめて個性豊かな猫たちが登場し、それぞれのドラマを展開していきます。猫の仕草や性格(内面性・神秘性・獣性)が、とても生き生きと的確にとらえられており、読んでいると猫好きでなくともウキウキしてくる、そんなカーニバル的な要素に満ちています。

ですが、それだけでは何か決定的なものが足りません。このままでは、大人も満足できるミュージカルとして成立しないと、ロイド=ウェバーや演出家たちは感じていたのです。

根あか猫たちのドラマとは別の、舞台の根底を貫く深いテーマが必要でした。
思い悩む彼らを救ったのは、エリオットの未亡人・ヴァレリーの存在でした。

未完の詩「娼婦猫グリザベラ」の発見

原作の猫たちを一匹一匹見ていくと、必ずあることに気付くと思います。そう、ミュージカル『キャッツ』の代名詞ともいえるナンバー『メモリー』を歌う「娼婦猫グリザベラ」が、原作には存在しないのです。ちなみに『メモリー』という歌も、原作にはありません。

といっても、「娼婦猫グリザベラ」は、ロイド=ウェバーの創作ではありません。では、「グリザベラ」はどこから来たのでしょうか?

その正体は、ヴァレリー夫人が悩める作曲家ロイド=ウェバーに「この詩はどうですか?」と持ってきてくれた未発表の詩の中にありました。それは、「娼婦猫グリザベラ」というタイトルの付いた、7・8行ほどの未完の詩でした。

暗い過去を背負い、救済を願うこの猫には、“罪深い女”マグダラのマリアや、精神を狂気に蝕まれてしまったエリオットの最初の妻ヴィヴィアンの面影があるといわれています。

エリオットはこの詩の最初の部分を書いてはみたものの、『キャッツ』はもともと子供向けの詩集ということもあり、詩集には収録しませんでした。
しかし、このグリザベラの持つ暗く悲劇的な要素こそ、原作を支配する祝祭的な“ハレ”の舞台空間にドラマ性を付け加えるものでした。これを加えることによって、ロイド=ウェバーが求めていたミュージカル『キャッツ』が、はじめて完成したのです。

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