時事速報 莫邦富の「以心伝心」講座 第114回「春風化雨」

 23日の夜、東京・港区の自由劇場で中国のトップ劇団、北京人民芸術劇院(北京人芸)による『ハムレット』東京公演の最初の舞台を見た。演出は劇団四季の代表・浅利慶太氏だから、“ 浅利版” ハムレットと言ってもいい。劇団四季の提供する報道資料によれば、1968年以来、劇団四季で600回以上上演された『ハムレット』を、2008年に、北京人芸によって首都劇場で上演し、北京人芸史上初の日本人演出家によるシェイクスピア作品として中国国内でも大きな反響を呼んだ、という。

 今度の上演は、劇団四季側が「競演」と表現するほどユニークな試みだ。両劇団が同じ舞台で、違う俳優陣と言語を駆使して演技を競い合う。先日、自由劇場で劇団四季版『ハムレット』の舞台を見たばかりの私は、北京人芸版『ハムレット』を見ながら、劇団四季の俳優たちの顔を自然に思い浮かべ、両者を比べてしまった。まさに歴史的な競演と言っていいだろう。

 日本の首都東京の劇場に響く中国語の華麗なセリフに酔いながら、非常に新鮮な感動に打たれた。そして思わず想像してしまう。もし、北京の劇場に身を置き、劇団四季版『ハムレット』の舞台を観劇できたら、きっと違う感動が湧くだろう。

 文化交流はなかなか経済的な利益を生み出しにくい。しかし、だからと言って、利益を望める経済交流ばかりを推進して、苦労が多い割には儲けがなかなかでない文化交流をやめてしまうのでは、本末転倒だ。

 文化交流を通して広げた交流の輪とその影響力を考えると、そこには金銭という物差しでは測りきれない深くて広いものがあるということに容易に気付く。しかも、こうした交流の積み重ねが国と国との間にある壁を低くし、やがて経済交流の土台をも固めていく。

 私が好きな中国語には「春風化雨」という表現がある。おだやかな春風が、草や木など植物の成長に適した、ほどよくしめった状態へ化していく。こうした環境の中で植物たちが気持ちよく成長していく。中国では厳しさによるものではなく、やさしさをもつよい教育のたとえによく使われる。劇団四季と北京人芸との『ハムレット』競演はまさしく「春風化雨」的な交流なのだ。

 史上初となる日中のこの試みに、私も微力ながらすこしばかりかかわった。会場内で販売する『ハムレット』を紹介する小冊子に私も短い文章を書かせていただいた。後日、その小冊子が届いた時、驚いた。私の文章の前には、中国側の評論家が北京で“浅利版”『ハムレット』を観劇した感想が載っている。この評論家の名は肖復興さんだ。なんと私の黒竜江省「下放」時代の戦友だった。こうした誌面での意外な再会に、おそらく肖さんも同じ驚きを覚えるだろう。これもささやかな文字による「競演」と言えよう。

 北京人芸版『ハムレット』は6月23日(水)から27日(日)までの限定公演だが、6月30日(水)から7月11日(日)は劇団四季版の上演になる。中国にいる日本人ビジネスマンのみなさん、機会があれば、北京で北京人芸版『ハムレット』を観劇してみてください。きっとこの新しいタイプの日中交流に感動を覚えるだろうと思う。

(時事速報 2010年6月25日付 ※時事通信社に無断で転載することを禁じます)